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連載2
春陽堂物語 春陽堂をめぐる明治文壇の作家たち 山崎安雄 著
和田篤太郎という初代
春陽堂創立者 和田篤太郎
 春陽堂の創立年月日は、はっきりしない。古老の話を総合すると、明治十一年、神田泉町に本の小売兼行商を開業したのにはじまるらしい。初代和田篤太郎(鷹城(ようじょう))が、本を背負って売り歩いていたといわれている。春陽堂の行商時代といっていいだろう。
 そんなことを二年ばかりした後、芝の真桜田町十番地に書店を開いた。といっても、店だなは三尺ばかり、わずかに雑書がならべられてあって、篤太郎は店先で読みながら売っていた。表を通る人は、なんだみずぼらしい店だなといわぬばかりに嘲笑(ちょうしょう)の視線を投げて行った(あるいは、篤太郎がそう感じたのかもしれぬ。いまに見ろ、という気概が篤太郎の胸に鬱勃(うつぼつ)としていたからである)。
 出版に手を染めたのは明治十五年からで、初めは赤本まがいの、いわゆる絵草紙類の出版だったらしい。記録(現代日本文学大年表)によると、明治十五年に南園竹翠という人の『三ツ巴恋の白雪』(四月)、『八重桜里廼夕暮』(九月)。『園菊匂姫垣』(十月)という二、三冊もの、および春笑斎の『八重襷恋路の蔦蘿』(十二月)というのが出ている。いずれも芝区新桜田町時代の出版物であろうが、筆者が見た新桜田町時代のものでは、『合鏡心の妍醜』(明治十六年六月二十五日出版御届)がある。定価二十銭で、「編集兼出版人 岐阜県平民和田篤太郎」と奥付けに出ている。
 翌明治十七年には京橋区南伝馬町一丁目十四番地のかど店に移った。それがはっきりしているのは、『実録文庫 松前屋五郎兵衛一代記』上巻(明治十七年十月二十一日御届)が南伝馬町の住所で出ているからである。
 篤太郎はなかなか頭の進んだ人だったらしく、このころ盛んに翻訳ものをてがけている。
現存する日本最古の出版物
 井上勤(つとむ)(東京英和学校教諭)という人のものがいちばん多く、スウィントンの『万国史要』、セームス・ハリソンの『日清文明論』、ジュール・ヴェルヌの『三十五日間 空中旅行』、著とはなっているが翻案ものの『禽獣世界 狐の裁判』などがあり、これについでは牛山良助(鶴堂)訳のスコット作『梅蕾余薫』、フィールド作『雙鸞春話』、デーフォー作『魯敏孫漂流記』が売れたようで、ほかにジュール・ヴェルヌ作、福田直彦作『万里絶域 北極旅行』、アー・ロビタ作、蔭山宏忠訳『社会進歩 世界未来紀』、チャールス・ラム作、品田太吉訳『セキスピヤ物語』などがある。
 これらの翻訳出版によって、春陽堂の名は広く知られるようになった。そして、多くの読者を獲得した。その愛読者のひとりに、須藤南翠があった。南翠は、自分の勤める改進新聞社(天王横町)が近くだったもんだから、ときたま春陽堂の店頭に立って、新刊の小説類をいじりまわしたもので、帳場にすわっているひげの篤太郎と目なじみになった。そして「あの本屋は、なんだか警部さんが帳場をあずかっているようだから、スリやかっぱらいは店頭に立つまい」と言ったりした。

(昭和四十四年発行の山崎安雄著『春陽堂物語 春陽堂をめぐる明治文壇の作家たち』より転載)
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山崎安雄(1910〜1964年)
明治43年、埼玉県生まれ。昭和13年、毎日新聞社入社、各部を経て出版局図書編集部に勤務。著書に『著者と出版社』(学風書院)、『人情記者失格す』『日本雑誌物語』(アジア出版社)などがある。
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